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擬音 A FOLEY ARTIST

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賀来タクト


音のよし悪しがそこにかかわる
人間のセンス次第でどう決まるかが透けて見える

フォーリーとは、映画製作の仕上げの過程における音響効果の仕事のひとつ。

足音や雨音、衣ずれ、水しぶき、物損音などを、手づから別素材で擬似的に作り出す作業を指し、その職務に就く人間はフォーリー・アーティストと呼ばれる。

ドキュメンタリー映画「擬音 A FOLEY ARTIST」は、英字サブタイトルにあるとおり、ひとりのフォーリー・アーティストに焦点を当てることを軸としている。

その男・胡定一(フー・ディンイー)は台湾の映画会社「中央電影公司」に1975年に入社し、「技術訓練班」に配属。

以来、ポストプロダクションの一角である「音の世界」に従事してきた。

最終的に彼がたどりついたのがフォーリーの世界だったという次第。

侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の「恋恋風塵」(1987)や「ノルウェイの森」(2010)などで知られる中影出身の撮影監督・李屏賓(リー・ピンビン)は、胡定一の一期下に当たる。

いずれも、台湾映画史をそれぞれの側面から見つめてきた証言者だ。

薄暗い彼の作業場の俯瞰映像から映画は始まる。

さびれた廃工場を思わせる雑然とした風景。
運動靴もあればハイヒールもある。
ざるもあれば小豆もある。

前者は足跡、後者は雨音の「擬音」を生み出すために必要な素材。

ぼろ布のように見える山のような衣服は、衣ずれの音を作るために用意されている。

いずれも、なんらかの理由で撮影現場での録音素材が使えない場合、その代用品として使われる音の道具。

映画の仕上げ作業に詳しい人間ならともかく、大半はそれらが熟練した職人によってコツコツと生み出されていることを知らないだろう。

この作品は、まずそれを伝える端緒の役目を担っている。

フォーリーの仕事に至るまで、胡定一は映画の音世界をひととおり体験してきている。

撮影現場での音楽再生(出演者の目を覚まさせるため!)、機関銃や大砲の発射音の録音、アフレコ作業、既成音楽を切り貼りして映画音楽にした逸話……。

70年代の原始的でありながら、活気に満ちた台湾映画界の一端が感じられるのはなかなかいい気分だ。

面白いのは、胡定一のプロフィールを追いかけると思わせて、いつの間にか話題が中国語圏映画の音響へとズレ込んでいくところだろう。

アフレコの話題のあたりから、気がつけば映画は上海電影博物館を映し、1940年代の中国の映画館で何が起こっていたかのエピソードになっている。

アメリが映画流行りの当時、「訳意フォン」と呼ばれる設備が設置され、座席に備え付けられたヘッドホンを通して、台詞の翻訳がライブで観客に届けられていたという。

それが吹き替えの起源。
なるほど、面白い。
貴重な史実だ。

そして、しばらく中国のアフレコ俳優の武勇伝が続き、次に台湾に入ってきた香港映画の吹き替え話がスタート。

果ては、中国映画界、香港映画界で活躍する音響マンたちまでもが出張って持論をぶち上げている。

ん? 胡定一はどこへ行った?

胡定一だけの物語に仕上げられなかったのは、すこし残念だ。

ただ、目を向ける地域が広がったことで、中国語圏映画における音の流れが見えるという望外の面白みも出た。

音響を題材にした作品としてはどこまでもビギナー向けだが、音響をめぐる情熱に国境の差がないこと、音のよし悪しがそこにかかわる人間のセンス次第でどう決まるかが透けて見える喜びは大きい。

決して機械や技術の問題ではないのだ。

香港の熟練音響マンである曾景祥(キンソン・ツァン)が衝撃を受けた作品として「地獄の黙示録」(1979)を挙げるくだりがある。

確かに同作品は音響制作のエポックメイキングであった。同作品のサウンドデザインを担ったウォルター・マーチをはじめ、ハリウッド映画における音の達人の仕事を知るには「ようこそ映画音響の世界へ」(2019)なるドキュメンタリーを薦めたい。

映画の音響マンを主人公にした劇映画なら、ブライアン・デ・パルマ監督の「ミッドナイトクロス」(1981)を推す。



「擬音 A FOLEY ARTIST」

監督:ワン・ワンロー
出演:フー・ディンイー/台湾映画製作者たち
2017/台湾/100分
配給:太秦
ⒸWan-Jo Wang

11月19日(土)より、K’s cinemaほか全国順次公開

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