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「本日公休」

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第18回大阪アジアン映画祭
リポート

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岸野令子


香港映画の充実と
台湾映画「本日公休」

第18回大阪アジアン映画祭(2023年3月10日~19日)は、コロナ禍で登壇イベントが見送られていた3年間から平常に戻り、ゲストの舞台挨拶やQ&Aも復活した。

今回は、コンペティション部門、特別注視部門、インディ・フォーラム部門、特集企画(香港)、特別招待部門、協賛企画(芳泉文化財団の映像研究助成)、特別企画(大阪万博と高橋克雄)と多彩なプログラムで長短編あわせて50作品ほどが紹介された。

この中では香港映画の特集が充実していたと思う。

HONG KONG GALA SCREENINGでは、東京から香港特別行政区政府東京経済貿易代表部主席代表も挨拶した。

香港特別行政区政府によって設立された専用オフィス〈クリエイト香港〉が映画産業のさらなる発展と想像的な才能を育成するためにサポートしていくとのこと。

今年の参加作品は、あからさまな政権批判は難しいだろうが、庶民の生活を描くデリケートな作品が多かったと思う。

「窄路微塵」(日本公開タイトル「星くずの片隅で」)は、先に共同監督作「少年たちの時代革命」が日本公開されたラム・サム監督の単独長編デビュー作。

コロナ禍で清掃会社を経営する男性(ルイス・チョン)は、ひょんなことからシングルマザーの若い女性(アンジェラ・ユン)を雇うが、彼女のミスで起こした不正を当局から告発され刑務所送りになってしまう。

これはなかなか切ない作品だった。

「流水落花」はジャーナリスト出身のカー・シンフォン監督長編デビュー作。

香港政府による監督デビュー作支援プログラム<首部劇情電影計画>の入選企画とのことで、脚本はロー・キムフェイと監督の共同。

サミー・チェンが脚本を気に入り無報酬で出演した。養育里親として何人もの子どもたちを育てて来た夫婦(サミー・チェン、アラン・ロク)の長い歳月を描く。

都市部でない地方の生活や里親制度など、これまであまり描かれなかった香港の生活が判る作品だった。

「白日青春」は香港在住マレーシア人のラウ・コックルイ監督・脚本作品で、これも監督の長編デビュー作。

中東からの移民が暮らす地域でタクシードライバーをする初老の男性(アンソニー・ウォン)は、自分が起こした事故がもとで少年ハッサンの父を死なせてしまう。

それから彼はハッサンのことをなにくれなくかまい始める。

自分もかつては海を泳いで不法侵入してきた人間だと息子に指摘され、身勝手だった男が変わっていくところがいい。

「香港ファミリー」(エリック・ツァン・ヒンウェン監督)もまた<首部劇情電影計画>の入選企画。

家庭内のトラブルで一度は崩壊してしまった家族。数年後、失職した父はタクシー運転手になっており、母は家政婦として働き出向いた先のシングルファーザーに心を寄せ、離婚した娘は街で彷徨い、父と対立していた息子は実家に寄り付かない。

老人ホームに入居した祖母は、冬至の日の食事会で皆が集まることを願う。

原題「過時・過節」の方が、この作品のたたずまいを的確に表していると思う。

さて、各国の作品から私の気に入ったものをピックアップしよう。

台湾の「本日公休」(フー・ティエンユー監督・脚本)。
常連客相手の理髪店を営むアールイ(ルー・シャオフェン)は、夫の亡きあとも働き続けている。

息子ひとり、娘ふたりは別に住み、それなりの距離感で過ごしている。

アールイは、むしろ、娘と離婚した義理の息子と仲が良い。

遠くに越しても散髪だけはここまで通ってくれた客が病を得て来られなくなった。

それで、アールイは彼の髪を整えるために店を休み、引っ越し先まで訪ねることにした。

ここからは、古い愛車で出発したアールイのロードムービーとなる。

フー監督の実母がモデルで、台中にある監督の実家で撮影されたと言う昔なつかしい床屋という風情がよい。

20年ぶりにスクリーンに復帰したルー・シャオフェンは、シルヴィア・チャンと並ぶベテラン女優で、ウー・ニェンチェンがプロデューサーを務めた。

本作のハートウォーミングな魅力に大阪アジアン映画祭の観客賞受賞はきわめて妥当である(個人的にはチェン・ボーリンのゲスト出演が嬉しい)。

インドからはチャーミングな「マックスとミンとミャーザキ」(パドマクマール・ナラシンハムールティ監督・脚本)と「トラの旦那」(リマ・ダス監督・脚本)をあげよう。

「マックスとミンとミャーザキ」。
宮崎アニメのオタクであるマックスとミンのカップルは別れることになり、ベビーシッターならぬ猫シッターを雇うところから話がややこしくなる。

ミャーザキは猫の名前だ。

マックスは美人で知的な猫シッターに惹かれるが、ミンにも未練があり、また出ていったミンも猫を口実にやって来たり。

一方マックスの父は妻の死後、不眠に悩まされカウンセラーのもとに通う。

カウンセラーはイギリス系の女性だ。

父には親の抑圧があったことが明らかになる。

親の望む稼業を継いだ父、だがマックスは跡を継がず、ミュージシャンの道を選んだ。

この父と息子の関係はどう変わるのかというサブテーマが本作を、豊かにしている。

「トラの旦那」という邦題は誤解を招くが、トラはヒロインの名前で原題は「トラの夫」である。

妻のトラからみた夫ジャーンの奮闘が描かれる。

レストランのオーナーであるジャーンは、コロナ禍で営業がままならぬ状況になり、酒浸りになる。

そんな夫に不満を抱くトラ。
パンデミックがもたらした不安を丁寧に描いた作品だ。

インドネシア「ライク&シェア」(ギナ・S・ヌール監督・脚本)は、SNSでセクシーな食事シーンを配信している高校生のリサとサラのたたかいを描く。

いわゆるリベンジポルノの動画が流出してしまった被害女性をみつけたふたりは、彼女の後をつけるが……。

カラフルでポップな映像。
上流階級の女性たちは一見自由に見えるが男性社会の抑圧を受け、性暴力にも苦しめられている。

世界共通のテーマを取り上げた本作が今年のグランプリに選ばれた。

ジョージア(グルジア)「私だけの部屋」(イオセブ“ゾゾ”ブリアゼ監督・脚本)は、ルームシェアをしたふたりの女性の関係性を描いたユニークな作品で、主演の一人タキ・ムムラゼが共同脚本者。

監督は男性だが、この作品のいかにも女性同士だなと思わせるリアリティは彼女の力が大きかったと思われる。

彼と暮らすまでの仮住まいだったヒロインが、ルームシェアの相手に影響され、自分の心と体を解き放ち、男性に依存することから脱却するのだ。 (2Lアキ) 最後に、「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」(金子由里奈監督)上映後のQ&Aで起こったことについても触れておこう。

私自身はあまり期待せずに見たのであるが、いまどきの若い人たちが他人と接することが苦手で、直接話すことが不得意だと言う状況をうまくとらえ、なるほどなあと思った。

またセクシュアリティを明確にしなくてもいいというのも共感した。

さて、Q&Aで、手をあげて指名されマイクを持った男性が「この映画祭では素晴らしい香港映画がたくさん上映され、そこでは登場人物が他者と議論をたたかわせていた。でもこの映画にはそれがない。これでは人類に進歩はなくなってしまうのではないか。私にはこの映画がよくわかりませんでした」と批判した。

その言い方はマンスプレイニングそのものだと思った。監督が若い女性でなかったらこんな言い方をするだろうか?

映画が対面では言えないことをぬいぐるみにしゃべるというようなデリケートな人たちを描いた作品なのに、それはあまりにもデリカシーのない言い方だった。

壇上の監督が涙ぐんでしまい、会場は困惑した雰囲気となった。 観客のだれかが「ひとりの感想であって、みんながそう思っているんじゃないよ」と声を出した。

監督も最後に「いろんな見方があっていいと思います。映画を見ていろいろ話し合ってもらえたら嬉しいです」と言って終わった。

Q&Aは映画祭ならではの観客と監督が交流できる貴重な場なのだから、対策を工夫し今後も続けてほしいと思う。


第18回大阪アジアン映画祭


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