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photo:Gao Yuan

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ペマ・ツェテン

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相田冬二


秘密にしたいこと、ひそひそ話すこと

ペマ・ツェテンの「羊飼いと風船」は、ひそひそ話にあふれている。
テーマや筆致もさることながら、その描写のありように魅せられる。
そこにこそ、この映画の品性があると感じるからだ。

監督は語る。

「秘密にしたいこと、ひそひそ話すこと、このことが映画の構図をはじめ、様々なことを決めていく要素になりました。

たとえば、性に関することは、チベット人にとって、絶対大っぴらにしたくない、人前では絶対に話題にできないタブーな領域で、もちろん家庭の食卓でも絶対に言えない、年長者の前でも避けるべきことです」

病院に行ったヒロインは、男性の医師に対して、「女性のことだから、お話したくありません」と伝え、女性医師が来てからも、ほんとうに密やかな声で、だれにも聴かれないように、離れた場所で、医師との距離を接近させて話す。

その恥じらいと、親密な距離。

「そうすることで、私的な画面設計が出来上がっていきました。
ひそひそ話をするときの動きや所作を、窓枠を通してカメラにおさめる。

これは、ひそひそ話を表現する上で必要なことでした」

ヒロインの妹、現在は尼僧の彼女は、元恋人と再会するが、そのときの移動しながらの語らいの情景も、とても印象深い。

「何年も逢っていなかったふたりが話すときの声の態度は必然的にああなると思いました。

尼僧の帽子も、かなり低めにかぶらせ、ほとんど顔が見えないように演出しています。

彼女が帽子を下げたという行為に、そのときの彼女の心の動きがあらわれているのです」

画面には彼女の目がほとんど映らない。
だからこそ、伝わるものがある。

この映画は冒頭から、そのものずばりをダイレクトに見つめるのではなく、あいだに何かをはさみ込むことで、間接的に真実を表現することに心をくだいている。

「私は小説も書くので、この小説を書くということが、映画作りにもとても役立っています。

小説も映画も、物語るという点では一致している創作芸術。
ストーリーを前に進めていくということにおいては、このふたつはとても似通っています。

ただ、映画はビジュアルとオーディオ、あくまでも視聴覚で創られていくものなので、チベットの風景をそのまま撮ると、ただ美しいものになるかもしれない。

そこから何かを受け取り、得るのは難しいと思うのです。

人間関係における心の動きの刹那をどう捉えるか、そのためには構図が重要になり、ここが小説とは違う点です。

たとえば、夫が妻を殴ってしまった翌日、夫が妻に謝りにやって来るシーン。

妻は屋外で、羊の皮を叩いています。
そこに夫が来るわけですが、夫の姿は映さず、妻が皮を叩く音で、心の動きを表現しました。

何かをあいだに置いて表現することには、人間関係をどう表現するかについての、私なりの意図があるのです」

映画は、目に見えないものを描いている。

たとえば、生まれ変わり。
あるいは、タイトルにもある風船。

いずれも、実体がない。

「チベット独特の見えないものへの信仰をどう映画にするかが大事でした。

輪廻転生と風船には関係があります。
チベットでは、仏教の教えが非常に広く行き渡っています。

したがって、観念というものが、どのように表現されるべきかは重要なことでした。

あるときはリアルな手法で、またあるときはシュールリアリズムの手法で描き、このふたつを組み合わせることによって観念を表現しました。

おっしゃる通り、風船には実体がない。

そして、すぐに壊れてしまう。
しかし、空に舞い上がることもできる。

消えやすいけれども、そこに希望はあります。
風船を見上げる人たちに去来する想いはさまざまです。

風船が、人々の現実を象徴しているのです」

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「羊飼いと風船」

監督・脚本:ペマ・ツェテン
出演:ソナム・ワンモ/ジンバ/ヤンシクツォ
2019年/102分/中国
原題:気球 Balloon

配給:ビターズ・エンド
©2019 Factory Gate Films. All Rights Reserved.

1月22日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー

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