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チャン・リュル
山形国際ドキュメンタリー映画祭2023
「白塔の光」

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相田冬二


“白塔”は、私が北京にいる間、
ずっと私のことを見ていた

去る10月5日から12日まで開催された山形国際ドキュメンタリー映画祭2023。実に4年ぶりのリアル開催となった同映画祭インターナショナル・コンペティション部門審査員として、チャン・リュル監督が来日した。

その閉会式直前には最新作「白塔の光」が日本で初めてお披露目され、壇上で監督は「この映画が他の場所で上映された時、笑う人も多かった。コメディだと思われていたようですが、ここ山形では誰も笑っていなかった。やはり日本のお客さんはわかってくれていますね」と顔を綻ばせた。

このインタビューはその前日、10月10日に行われたものである。

――コンペティション出品作品は計15本。全て観終えましたか。

「はい。たった今、観た『何も知らない夜』(パヤル・カパーリヤー監督。結果、最高賞であるロバート&フランシス・フラハティ賞に輝いた)が最後の作品です」

――まず、映画祭の印象を教えてください。

「かなり前から、この映画祭のことは知っていました。日本の旧い友人たちが映画祭に関わっていたからです。彼らからも、そして他の友人たちからも、とても面白い映画祭だと聞いていました。ですから1年ほど前に審査員の打診があった際、すぐにお引き受けしました。
実際、来てみると、言われている通り、とても魅力的ですね。山形という町も含めて。この小さな場所で、世界で唯一のドキュメンタリー作品をこれだけ沢山観ることができた。私自身、とても勉強になるひととき。ドキュメンタリー、そして映画美学というものについての見識を深めることになりました。
ただ、毎日3、4本、3時間を超える映画も観ているので、くたびれたのも事実です(笑)」

――慶州、群山、福岡、柳川……あなたの映画は地名が冠されていることが多いし、撮影した場所の磁場そのものが反映されているとも感じます。作品にはドキュメンタリー的な要素や、ドキュメンタリーからの影響、そしてドキュメンタリー的な観点があったりはしますか。

「とにかく、その【現場】が重要です。それは、場所でもあるし、人でもある。【そこ】にいる人たちの感情が、映画の中で描かれていく。フィクションは作られたものですが、場所を決めて、そこにカメラを据えた時点で、そこには既に記録性が発生しています。
私は第1作から今に至るまで、一度もスタジオ(撮影所)で撮影したことがない。スタジオ自体、嫌いなんです。やはり、現実の空間に流れる時間を捉えていきたいと考えているからです。ただ、ドキュメンタリーを撮る人たちのように、長期間にわたって対象に向き合う勇気は、今のところありません」

――新作「白塔の光」はあなたがまた新たな領域に到達したことを体感させます。英語タイトルは「シャドウレス・タワー」。影が出来ないと言われる現実の白塔が象徴的なモチーフとなっていますが、白塔の存在から出発しているのですか。それともこれは途中から加わったイメージでしょうか。

「まず、白塔があって、この作品を撮るに至りました。2020年、コロナ禍に(活動拠点だった)韓国から(故郷の)中国に戻った。8月でした。依然大変な時期であり、フライトも少ないし、直接、北京に飛ぶ便もなかった。全て別な都市を経由しないと北京には入れなかった。私は広東省の広州で14日間の隔離を受けましたが、この隔離されている14日間で、この物語は生まれました」

――なるほど、タイムレスな状況がタイムレスな作品を生んだのですね。

「私は北京生まれでも北京育ちでもないのですが、北京には30年以上暮らしています。特に白塔のある西城区という地域には友達も沢山いる。若い時期を過ごした想い出深い場所です。この地域には旧い建物が沢山残っています。その風景は、私が若い頃から変わっていません。白塔は生活から離れた【信仰の場】です。建築様式も他とは違う。元朝の時代に作られた、チベット仏教のお寺です。あの白い色も、北京ではほとんど見ることがありません。塔の形も異質で、灰色の建築物群の中にポツンと建っている。私は仏教徒ではありませんが、仏教そのものには興味があります。非常に機能的なものを追求している北京という町に、機能からはかけ離れた存在がある。このことがとても印象的でした。若い頃に過ごし、友達と遊んだ場所。そういう所は何かの拍子に想い出したりするものです。14日間の隔離期間中に想い出したのが、白塔そのものでした。本来であれば、旧い友達や家族を想うのが隔離期間だと思いますが、私は白塔を思いついた。このことで、私の生活の中で白塔が非常に重要な存在だったことに気づいた。白塔は、私が北京にいる間、ずっと私のことを見ていたし、私はその白塔に慰められ、癒しを受けていた。そのような存在だったのだと実感しました。そうして、この物語を書くに至ったのです」

――現実の白塔を知らない者にとって、シャドウレスな存在はまるでSF。モノリスのように、この映画を司っている気がします。その一方で、「自分の先祖が建築に関わった」という嘘か本当かわからない秀逸な台詞を口にする若い女性が登場する。アンリアルとリアルが、そこで交錯する。あなたの映画にはいつも、現実の町にカメラを向けていながらも、そこが何処なのかわからなくなる瞬間があります。

「あの台詞は、あの女優がモンゴル族だったことを知った時に、自分の中のイメージと結びつきました。北京という町には、色々な民族が暮らしています。長期にわたって漢民族に支配されてきましたが、モンゴル系や満州族など、少数民族も歴史の中には存在しています。
私にとって白塔との関係は、西城区にいる友人たちと関係と同じ。仕事、勉強、恋愛……暮らしていれば色々ありますが、普段の生活の中で【顔をあげる】ということはあまりない。高い所を【見上げる】とすれば、大抵は空です。西城区では、そこに白塔があるがゆえに、どうしても【見上げる】ことになる。灰色の中にある、真っ白な塔。それはまさに光。光を【見上げる】ということは、人間の感情と深く結びついてきます。塔を見ている時は何も考えずに【見上げて】いる。ただの習慣で、考えは特にない。ただ、自分に何か大きな感情的な変化があった時は、白塔を想い出す。私はそうでした。14日間も隔離されていると非常に暗い気持ちになります。だから白塔を想い出した。おそらく、潜在意識の中で、白塔の光に照らされたいという想いがあったのだと思います」

――私もこの映画祭で沢山の映画を観ました。真っ白なスクリーンを【見上げる】ことで得られる、真っさらなポジティヴィティに気づかされました。あなたは、コロナ禍という特殊な状況下だからこそ、新しいポジティヴィティを見出したのではないですか。

「そうとも言えると思います。光に照らされることで勇気をもらえるということもありますよね。14日間の隔離を終え、北京でまた7日間隔離された後、すぐに準備をしました。コロナの真っ只中ではありましたが、この作品を撮り終えることができました。勇気をもらったからこそ成し得たことだと考えています」

――前作「柳川」にあった死の匂いが薄れ、あなたの映画に顕著な夢幻――夢をめぐる印象的なシークエンスはありますが――のファクターも支配的ではありません。喪失をめぐる物語でありながら、これまでにはなかった新しい色彩を感じます。

「作品の前後でどう変わったか、私自身はあまり考えません。あくまでも、その空間で、どのような感情を探すか、何を表現するか。それを私はいつも考えています。これまでの作品と違うとすれば、主人公が5歳で生き別れた父親を探すというテーマでしょうか。探す過程と和解を描くことによって、彼の感情的な努力、心情の変化などが織り込まれています。だから、勇気やポジティヴィティが生まれたのかもしれません。たとえば『慶州 ヒョンとユニ』は、死と私たちの日常の関係を描いていましたが、『白塔の光』は、生命と私たちの日常の関係を描いたつもりです。方向性は違いますね」

――凧揚げも重要なモチーフです。これも【見上げる】行為に繋がります。凧揚げは主人公にとっては父親との共有体験であり、観客は【過去を見上げる】という新しい光景を目の当たりにすることになります。

「凧は積極性を表しています。凧の大きさ、風の大きさなどを考えながら放つわけですが、凧は上に向かっていくものです。この父親はある誤解からどんどんどんどん生活が沈んでいったが、彼には生命力が強くあった。この生命力が、上に向かっていく力と想いになっています」

――あなたが描く人々はいつも魅力的ですが、今回はことさらチャーミングです。失意のまま行方不明になったはずの父親もどこかチャーミング。グルメライターである主人公と行動を共にする若い女性写真家もチャーミング。そして主人公の、利発で賢い娘も、とってもチャーミングです。

「私が歳をとったということもあるかもしれません(笑)。どんどんどんどんチャーミングな人や出来事に惹かれています。人は、中年の時期がいちばん暗いのではないでしょうか。子供だったり、もっと歳をとったりすると、天真爛漫になる」

――なるほど(笑)。あの父親が暗い人でないのがよかったです。

「問題は中年の時期です(笑)。『慶州』の頃、私は中年でした(笑)。だから、暗かったかも。『白塔の光』では既に60歳を超えていたので、このような映画になったのでしょうね」

――最後にもう一度、あなたにとっての「白」のイメージについてお聞かせください。

「あくまでも北京の中で、という話にはなりますが、やはり白はまさしく光だと思います。光を浴びると暗い気持ちも晴れてくる。逆に暗い町だと、気持ちも沈んでくる。北京という町は元々、灰色の町。たまに朱色も出てきますが、それも決して軽やかな気持ちを与えてはくれない。そうした中で白は、軽やかさと慰めを与えてくれる。しかし、これは北京に限ったことだと思います。白塔は、尖った塔ではなく、円い塔なんですね。あの丸みが、私たちの気持ちを包み込む。それが人を心地よくさせてくれるのだと思います」

――ところで「白塔の光」には「憧れの人は坂本龍一」という印象的な台詞がありました。山形国際ドキュメンタリー映画祭2023のオープニング作品は、坂本龍一のピアノ演奏を捉えたドキュメンタリー「Ryuichi Sakamoto IOpus」。この偶然の一致は、とても嬉しい映画的符号でした。

「ええ。やはり、縁というものはあるのだと思います。『慶州』を日本配給してくださったA PEOPLEのみなさんはお元気ですか? どうかよろしくお伝えください」

チャン・リュルは、白塔のようにまあるい笑顔を浮かべた。

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「白塔の光」


白塔の光
監督・脚本:チャン・リュル
出演:シン・バイチン
原題:白塔之光 The Shadowless Tower
2023年/144分/中国

山形国際ドキュメンタリー映画祭2023にて上映済み


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