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review

STALKERS

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相田冬二


第1期Strangerの
ラストショー

東京・菊川のStrangerで1月26日から31日まで6日間公開される古澤健監督の「STALKERS」。

2023年、ポレポレ東中野で一度だけ自主上映された本作を、Stranger代表の岡村忠征は「2023年の衝撃度ベストワン」と断言する。

事実、「STALKERS」はまだ誰も観たことのなかった映画であり、わたしたち観客にとって2024年を代表する決定的な映画体験になるだろう。

劇場公開は予定されていなかったこの映画をStrangerという開かれたミニシアターで解放することを決断した岡村代表に、その魅力を訊いた。

「古澤さんは職人的な上手さがある人なんだけど、実験的なこともやるし、大商業映画から自主映画、ピンク映画までやる。映画表現として何ができるか。それを追求し続けている人。映画の語り方を追求している人だし、ホラー映画やSF映画にも詳しい。不条理な世界をどう描くか。それも追求されていると思います」

一般的には武井咲と松坂桃李が共演した「今日、恋をはじめます」や、やはり武井咲と大倉忠義が顔を合わせた「クローバー」などのヒット作で知られる古澤健だが、キャリアの初期には黒沢清監督の「ドッペルゲンガー」の脚本を手がけていることを踏まえれば、その才能は計り知れない。

ほとんど情報のない「STALKERS」は、多くの人にとって謎の映画だろう。しかし監督自身がステイトメント(Stranger公式ホームページを参照)で「娯楽映画」と述べているように、純粋に映画に遭遇する快感がある作品だ。たとえばリュミエール兄弟の「ラ・シオタ駅への列車の到着」(1895年)のような驚きに満ちている。

「すごく映画らしいんですよね。逆光のトンネルの向こうから人が現れるじゃないですか。そのドキドキ感、ワクワク感。すごく原始的だけど、映画のよろこびがあります」

到着する映画。向こうからやって来る映画なのだ。

「最初観た時に思ったのが、抽象的なテーマとして、これは、労働と疎外の話だなと。ある単調な分業作業などをしていると、そもそも人間が持っているもの作りのよろこびから疎外されていく。まるで自分が機械の部品になってしまったかのような。この映画に登場する人物は自主的にある自由な活動をしているわけですが、人間って、細分化されてしまうと、もはや何をしているかわからなくなり、疎外されているように見えるんだなと。これがワンキャメ(一つのカメラ)だと何をやっているかはわかるはず。でも、4つ画面があることによって、彼が何をしているのかわからない」

映画は主に4分割画面で示される。トンネルで何かを撮影している人物(古澤自身が演じている)がいる。彼の撮影行為が4つの視点で示される。彼のカメラが何を被写体としているかはわからない。測量のようにも点検のようにも映画制作のようにも思える。4つの画面が映し出すものやその呼吸はルール化されず、ただ視点がズラされていく。

「映画って視点なんだなと。視点の恐ろしさと、不可解さみたいなものが、画面からたぎってくる。カフカ的な不条理な世界を煮詰めてもいる。しかし、妙に寓話的に、あるいは戯画的になり過ぎることがない。おそらくあの人物は厳格なルールに則って活動しているわけですが、厳格であるがゆえに、何をやっているかわからなくなるんです。トンネルという舞台装置も含めて」

労働は複眼的に見つめることによって不条理になる。4分割は観客の眼差しを「乱視」させる。これはイメージの発明でもある。しかも恐ろしく緻密な。

「リチャード・フライシャーの『絞殺魔』(1968年)を思い起こしたりするんですけど、あの映画の分割画面ではそれぞれバラバラなことが起こっていた。ここでは同じ運動を4つの視点で切り取っている。労働を監視カメラ的な目で見ると非人間的なものになる。コンビニなどのバックヤードの監視カメラに極めて近い。監視カメラがそもそも持っているサスペンスフルな力を最大限利用している映画ではあると思います」

そうなのだ。このスリリングさは一体なんだ。そういう気持ちになる作品。それは、わたしたちの根底にあるスリルについて考察する根源的なスリルでもある。

「自己言及的でもあるんですよ。自分を自分で撮っているから。細分化していくと無意味化していく……という繋がりで言うと、自己言及のパラドックスってあるじゃないですか。『クレタ人は嘘つきだとクレタ人は言った』とか。クレタ人が嘘つきかどうか、真か偽かは判断できない。そんな自己言及のパラドックスが入っている。多視点で自己言及的な映像であるがゆえに、自分が何であるか語ることができなくなっているんです。それがスリリングな要素かもしれない」

それは美化されたポートレートでもないし、自虐でもない。しかし、仄かなユーモアがある。

「ゴダールが自分を撮る時のスタンスに似ている気がします。作業者として自分を撮っている」

そう、Stranger、2022年9月のこけら落としの際に上映された「JLG/自画像」に登場するゴダール自身のようなユーモアだ。

「あと、これはコロナ禍の映画ですよね。マスクして、他人と触れ合わずに撮っている。コロナを象徴する映画とも言える。コロナ禍ってこういう感じだったよなと。距離=ディスタンスが一つのテーマになっているからかもしれません」

トンネルは様々なことを想起させる。個人と世界の距離。その先には何があるのか。観客は、何に期待し、何を恐れているのか。コロナ禍で様々なことを考えたわたしたちに語りかけ、問いかけるものが「STALKERS」にはある。

「大好きです」

岡村代表はそう口にし、次のように締め括った。

「社会人になって、ある役目を背負って、見知らぬ町の見知らぬところに、営業かなんかで行かされた経験ってあるじゃないですか。初めての経験ですよね。あの心細さたるや。これまであまり味わったことのないさみしさですよ。そういう人間が独りになったときに根源的に感じる不安な心情も出てると思うんです」

これまであまり味わったことのないさみしさ――わたしにも、それがある。岡村代表は、1月いっぱいでStrangerの運営から離れる。その経緯については、彼自身が公式ホームページで詳細に綴っているので、そちらをご覧いただきたい。
https://stranger.jp/information/news/2244/

1月31日最後の上映が「STALKERS」。第1期Strangerのラストショーである。岡村代表は、このミニシアターが開館した時、自主配給作品、作家主義的な特集上映、見逃した近作に出逢える名画座的機能、この3つを柱にしたいと語っていたが、本作はまさにこの3点を兼ね備えている。「STALKERS」は劇場公開が決まっていなかったから、ほぼ自主配給である。たった1本だが観た者は必ず古澤健監督に興味を抱くという意味では特集上映だ。一度しか上映されていない作品を、わたしも含め多くの人が見逃していた。

文字通り、有終の美である。

岡村代表は、映画の撮影現場経験もある、生粋のシネフィルだ。しかし、17か月にわたるセレクションには、業界人や映画マニアのような閉じた視点が皆無だった。その風通しの良さは、Strangerという小さな映画館に「人格」を与えた。純粋観客としての目線。それが、小粋なプチホテルやビストロのような居心地の良さを醸成した。クリーンなあたたかさ。すがすがしいホスピタリティ。カフェを含む空間は、まさにその「人格」を反映している。

「面白いものを探し出したい。面白いものを見つけ出して、お客さんにシェアしたい。それがすごく強いんだと思うんです。普通、そういう人は配給会社をやるのかもしれないですけど、それをダイレクトにお客さんとやりたいという気持ちでしたね。「STALKERS」は特に、あ、面白いものを見つけた、これを知らしめたい、シェアしたい、その気持ちが強かった。すごく自分らしい上映だと思っていますね」

シネフィル的なコンプリートではなく、セレクトショップのように間口が広く、さらに深いセレクションも岡村代表ならではだった。

「自分では気づかなかったですけど、それも一つ、コンセプトだったのかもしれません。コンプリートって、どうしてもマウントの取り合いみたいになって。『シネフィル道』みたいな道になってしまう。そういう修行的な感覚で映画を観るんじゃなくて、もうちょっと感覚的に愉しみたいというところはあったかもしれませんね。意外にシニアの方にも評判がいいんです。どちらかと言えば若い人、コアな映画好きで感度の高い大人を意識していたし、実際、そういう人たちが支持してくれているのですが、ご近所の普通のマダムの方が『すごく素敵ね』と言ってくれるんですよ。この空間に来て、気持ちいいと感じてくれる人がいる。それは自分にとって、すごく嬉しいことですね。あと、思ったより、コアな映画ファンより、ライトな映画ファンの人たちが常連になってくれているし、話しかけてもくれる。映画に対して構えた人たちじゃなくて、ちょっと肩の力が抜けた人たちが。そういう意味では、開かれたいい空間を創れたのかなと」

DJイベントから古着販売まで、ミニシアターを「メディア化」する試みも活発であった。とりわけ、岡村代表自身が聞き手として登壇するアフタートーク。2023年12月25日には、相米慎二監督作品「風花」のゲストに小泉今日子を招く快挙も達成。それは、素晴らしい「インタビュー」だった。

インタビュアーの一人として訊いてみたかった。これまで、どんなことを心がけてきましたか?

「本当に自分が心から訊きたいことを訊くということは、心がけていました。それを掴むために、下調べみたいなことは結構やっていましたね。それは、相手への信頼でもありますよね。個人的に訊きたいことを訊くということ自体が」

最後に、「Stranger」という館名について。

「最初は個人的な名前をつけたつもりだったんですが、いまやX(旧Twitter)で検索すると、『ストレンジャー』ではなく『Stranger』と書いてくれている人の方が多い。普通なら、英語で打つの面倒くさいじゃないですか(笑)。でもあえてこだわって『Stranger』と表記してくれている。みなさんの中にもStrangerというブランドがある意味、根づいて、みなさんのブランドになっているのだなと思いますね」


「STALKERS」
出演・脚本・撮影・録音・編集:古澤健
2023年/日本/56分

1月26日(金)~1月31日(水)
菊川 Strangerにて公開


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