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小橋めぐみ
		
				「愛は心に残る傷で 傷が治れば愛は消える
だから愛は存在しない」
			
				「確かに誰もが目の前の生活を大切にすべきだが
それが可能なのは恋愛をしていない時だけだ。
恋愛をすれば生活はバランスを失う」
			
中国東北部、北朝鮮との国境の街に住むユー・ホンは、北京にある名門大学に合格し、父や恋人と別れ、期待に胸を弾ませながら北京へやってくる。
活気があって、解放的な大学生活の中で、彼女は女子寮の友人、リー・ティからチョウ・ウェイという男子学生を紹介される。
				彼はリー・ティの恋人ロー・グーの友人だった。
				あっという間に恋に落ちたユー・ホンとチョウ・ウェイだったが、性格も愛情も強すぎるユー・ホンは、チョウ・ウェイの、ちょっとしたよそ見さえ許せず、激しくぶつかってしまう。
			
彼の気持ちが離れることに耐えきれず、自分から別れを切り出したユー・ホンは、次第にバランスを崩していく。
じっと座っていられない状態になり、固く目を瞑り、地面に横たわるユー・ホンの姿は、まるで感情が身体を凌駕するかのようだ。
彼女がバランスを崩し始めた頃、北京では大学生達が自由を求めて立ち上がっていた。周りの熱に煽られるように、ただ楽しいイベントに参加するように、ユー・ホンも友人とともにデモに参加していたが、6月、天安門事件が起こる。
				この映画をきっかけに、ロウ・イエは5年間、中国で映画の製作、上映ができなくなった。
				この処分と、「天安門、恋人たち」というタイトルから、観る前は身構えていたのだが、ロウ・イエは、この事件を、銃撃音と、混乱し広場を逃げ惑う学生たちだけで描いている。
			
				撃たれる姿も、流れる血も、見せない。
				思想も、直接的な苦しみも、彼らに語らせない。
				けれどこの場面は、何度観ても胸が張り裂けそうになる。
			
天安門事件の後、ユー・ホンは大学を辞め、故郷に帰る。そこから各地を転々としながら、男たちと関係を持つ。それでも常に、チョウ・ウェイが忘れられない。
「なぜ私はいつも早急に男たちと関係を持つのか。なぜなら体を重ねることで、あなた達が私の良さに気づくからだ」と、ユー・ホンは思っている。
本当は身体を重ねなくても、自分は既に愛されている存在だと、気づくことができない。
自分の善良さと慈悲深さが、セックスという手段でしか相手に伝わらないと思い、彼らの愛を信じることができず、刹那的に関係を結び、また自らそれを壊していく。
妻子ある男と不倫関係になり、子ができ、過去のことは気にしないから結婚しようと言ってくれる同僚の独身の男と体を重ねる。
しかし結局、その彼との関係にも一方的に終止符を打ち、堕胎する。
「私のような人間はこうなる運命なのだ」と体を傷つけることを受け入れる。
「愛は心に残る傷で 傷が治れば愛は消える だから愛は存在しない」
これはユー・ホンの友人リー・ティの言葉だ。
リー・ティは、大学時代にチョウ・ウェイとも体の関係を持ち、その後、ベルリンにいる恋人のロー・グーの手引きで、チョウ・ウェイと共にベルリンへ渡り、微妙な三角関係を続けていた。
ある日、3人でデモに参加したあと、リー・ティは何も言わず、突然二人の目の前で屋上から飛び降りて命を絶つ。
この三角関係に耐えきれなかったからなのか、他に理由があるのか、何も明かされない。
				飛び降りる少し前、リー・ティはベランダでチョウ・ウェイの髪をカットしながら訊く。
				「あの年の夏、私たちに何が起きたの?」と。
			
それに対し、チョウ・ウェイは「じゃ今、僕らに何が起きている?」と訊き返す。
何が起きたのか、何が起きているのか。何年経とうと、過去にも現在にも答えは出ない。
リー・ティは、そのことに絶望したのだろうか。それともベルリンでデモに参加している最中に、天安門事件の夜がフラッシュバックしていたのだろうか。
その時は逃げて生き延びた命を、ここで終わらせることに何の未練もないように、飛び降りる直前の表情は、穏やかだ。
リー・ティが命を絶った頃、ユー・ホンはお腹の子供の命を断ちながらも、自らは生きる道を選ぶ。
安定より刺激を、心より体を、どんな男たちよりチョウ・ウェイただ一人を求めずにはいられないユー・ホンは、いつまでも不安定で、孤独だ。
				でも彼女にとって、孤独は悲しみではない。
				強さになる。
			
この先また何があろうと、歴史の渦に巻き込まれようと、きっと彼女は淡々と、自分の倫理に沿って、生き抜いていくのだろう。
目の前より、遠くを見つめながら。
  			
        
					天安門、恋人たち
				
				
				監督:ロウ・イエ
出演:ハオ・レイ/グオ・シャオドン/フー・リン
2006年/140分/中国・フランス合作
原題:頤和園 Summer Palace
配給:アップリンク
			
5月31日(金)よりアップリンク吉祥寺、アップリンク京都ほか全国順次公開
*本稿を担当した小橋めぐみさんのイベントが以下で開催されます。
				
					● 梅田ラテラル(大阪・梅田)
					小橋めぐみトーク&サイン会
			
				日時:6月9日(日)
				開場:17:00
				開演:17:30
				会場:梅田ラテラル
				大阪府大阪市北区堂山町10-11 H&Iビル 2F
チケット発売中
参加費:前売 2,500円 当日3,000円(税込)
配信 2,500円(税込)
			
          
						● Asian Cinema Sensibility VOL.1
						台北暮色
						with kobashi megumi
        
        
					日時:7月14日(日)
					開場:18:30
					開演:19:00
*「台北暮色」上映後に、小橋めぐみによるトークイベントあり
会場:武蔵野市立武蔵野スイングホール
〒180-0022 東京都武蔵野市境2丁目14番1号
電話番号:0422-54-1313 
料金:前売1,600円 当日1,800円 ※自由席
企画・運営:A PEOPLE CINEMA
主催:パブリックアーツ
チケット発売日:5月1日(木) 10:00~
https://l-tike.com/order/?gLcode=34275
				
					*イベント終了後、小橋めぐみサイン会を実施します。
すでに購入された方は、「アジアシネマ的感性」をお持ちいただければサインいたします。購入されていない方は当日、「アジアシネマ的感性」の販売を行っていますので購入後、サインさせていただきます。
(「アジアシネマ的感性」の本以外にはサインはいたしません)