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小橋めぐみ
答えをもらうためというより、
誰かに向かって言葉を投げてみたかっただけなのかもしれない
先日、知人からこんな連絡をもらった。
「娘が急に女優になりたいと言い出して、小橋さんにお会いしたいと言っているのですが、今度の食事の時に連れて行ってもいいですか?」
私でよければ、と返し、共通の脚本家の知人も一緒に四人で食事をすることになった。春から大学生になるという娘さんは、始終どこか緊張した面持ちで、こちらが想像していたような質問はほとんどなかった。私が投げかけた問いに、控えめに答えるくらいで、事務所に入るとか、具体的な行動を移す以前の、ただ漠然とした憧れが芽生えた段階らしい。
最近は高校生くらいの女の子と話す機会がほとんどない。どんなドラマを見ているのかとか、誰が人気なのかとか、そんな他愛のないことを聞いているうちに刺激を受けていたのは、むしろ私の方だった。聞かれてもいないのに、俳優としての心構えや悩み、こうすべきだという話を滔々と語るのも違う気がして、結局私は多くを語らなかった。そもそも長年この世界にいながら、自分自身にも正解がわからないからだ。
食事を終え、店から駅までに20分ほど歩くことになった。気づけば彼女と二人で並んで歩いていた。すると、堰を切ったように、彼女は急に饒舌になり、目を輝かせながら自分の気持ちを語り始めた。
その時初めて、私は具体的な言葉を持つことができた。今すぐにでも始められることを、少しだけ伝えた。
「やってみます!ありがとうございます!」
彼女は心から嬉しそうにそう言い、改札の向こうへと消えていった。彼女の笑顔が、胸の奥をじんわりと熱くさせた。
ホン・サンス監督の長編30作目「私たちの一日」は、交わりそうで交わらない二人の一日を描いている。一人は友人の家に滞在する、休業中の俳優サンウォン(キム・ミニ)。もう一人は、アパートで一人暮らしをしている老詩人ホン・ウィジュ(キ・ジュボン)。二人はそれぞれの場所で一日を過ごし、直接出会うことはない。
彼らのもとには、将来への不安を抱えた若者たちが訪れ、さまざまな質問を投げかける。偶然にも、二人の若者は共に俳優志望で、行動力があり、気遣いのできる優しい性格だが、控えめで自己主張が強くないという共通点を持っている。尋ねる積極性はあるが、自分というものがまだ定まっていないー-そんな印象を受ける。
サンウォンは「ぐっすりと眠るのが望みだったの 私、寝ても寝てもまだ眠れるみたい お菓子を いくらでも食べられるのと同じ」と言い、たっぷり眠り、猫と戯れ、またベッドに戻る。友人の飼っている、その猫ウリは他の人には懐かないのに、なぜかサンウォンには懐く。その理由は説明されない。ただ、そういうことがある、という事実だけが置かれる。
一方、ウィジュは自分の日常を撮りドキュメンタリー映画を作ろうとしている女子大生ギジュに協力し、カメラの前で、毎日食べているというインスタントラーメンを啜る。健康上の理由で酒とタバコを禁じられている彼のために、ギジュはノンアルコールビールを買ってくる。そこに、詩人を敬愛する俳優志望の青年ジェウォンが尋ねてくる。彼は教えを請うが、ウィジュは何かを体系立てて教えるわけではない。
二人の時間は交わらない。だが、奇妙なほど多くの共通点がある。例えば、インスタントラーメンにコチュジャンを入れること。サンウォンの友人は「そんなことをするのはあなただけ」と言うが、サンウォンは「他にもいるの」と答える。その「他」が誰なのか、最後まで明示されない。
二人は親子なのかもしれない、と思わせる瞬間が時々訪れる。だが、ホン・サンスは決して答えを与えない。関係性は宙吊りにされたまま、観客の側に残される。
サンウォンとウィジュのもう一つの共通点は、必要のないものをはっきり断ることだ。肌が荒れるからと、サンウォンは俳優志望の女の子が持ってきたいくつかのプレゼントのうちのソープを断り、ウィジュは禁酒禁煙していることを伝え、ジェウォンが持ってきた酒とタバコを返そうとする。
もう一つの共通点は、「率直である」という言葉だ。サンウォンは俳優としての心構えを聞かれ「演技をするには、率直であることが重要だ」と言い、ウィジュは俳優志望の青年から「先生の詩は率直だと思います」と言われる。
二人に共通する率直さとは、自分に必要なものと、必要でないものを見極め、それを淡々と引き受ける態度のことをさしているようにも思える。
ホン・サンスは本作で、映画が成立する条件を提示している。
物語ではなく、一日を。
教えではなく、在り方を。
結論ではなく、途中経過を。
あの日、駅へ向かう道でようやく彼女が自分の言葉を話し始めたように。この作品に登場する若者たちもまた、答えをもらうためというより、誰かに向かって言葉を投げてみたかっただけなのかもしれない。
そして観客もまた、答えを持たないまま、映画館を出る。だがその不完全さこそがいいのだと、ラストシーンの俳優の表情が、静かに物語っているように思えた。
「私たちの一日」
監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:キ・ジュボン/キム・ミニ
2023年/84分/韓国
英題:In Our Day
配給:ミモザフィルムズ
2月14日(土)よりユーロスペース他にて全国順次公開