*

「十二国記」

ANIMATION
「十二国記」「英國戀物語エマ」
梁邦彦が創った、アジアの心に響いた、音楽の真実

これまで数多くのアニメーションのサウンドトラックに携わってきた音楽家の梁邦彦氏。その始まりは2002年にNHKBS2で放送された「十二国記」であった。
「僕は本当にラッキーだったんです。1作目が「十二国記」でしかもオープニングテーマも担当するなんて、今考えると本当にありがたい話でした」
 小野不由美の長編ファンタジー小説を原作に作られた「十二国記」。このアニメ作品は、オープニングから異例であった。映像のほとんどは絵画のような静止画で曲はインストゥルメンタルだったのだ。

「僕はそれまでアニメはアニメ業界含めて接点がなかったんです。だからNHKBSのアニメのオープニングをインストでできるという貴重さを、開始当初はあまり認識できてなかった。製作がほぼ終盤に差し掛かった頃、NHKのスタッフが『オープニングをインストで来るとは思わなかった』って言っていたんです。制作スタッフたちが、これはこれで行くんだという確固たる空気があって、意義を唱える雰囲気は何もなく、ということだったそうで…、後で気がついたんですけどホントありがたいですよね(笑)。オープニングの『十二幻夢曲』は本当にすんなりとできました。自然に出来上がった時はハマる確率圧倒的に高いんです」

アジア、特に中国が想起される国々を舞台に描かれる物語にぴったりのオープニングテーマ「十二幻夢曲」。ゆったりとした笛の音が印象的な導入から物語に引き込まれるこの曲は、まずテレビ用に1分半のバージョンが作られ、のちにオリジナルサウンドトラックに収録されている4分半のフルバージョンが制作された。1分半バージョンの完成度の素晴らしさもさることながら、フルバージョンで聴くと、1分半とはまた一味違う物語性が感じられる。中国風でもあり、和風でもあり、古風であり、現代風でもあり…時空が一気に拡大される気がするのだ。
「十二国記はファンタジーじゃないですか。架空のものなわけですよね。ある程度の舞台設定はされているけれども見た人がそれぞれ別の世界に行けるっていう、それがアニメの1番の魅力じゃないかと思ってるんです。だから中国だけに限定するより大きなとらえ方での架空のアジア。だから日本を想起されることもあると思うし、もしかすると他のどこかなのかもしれない。

*

もうひとつ、僕は物語の舞台で『蓬山』という麒麟が生息し飛んでいる雲上&天空の場所が大好きで、そう言う具体的なイメージをもてたのも良かったと思います。自分の中で物語の映像イメージを理想化しどんどん広げて行きましたが、その作業はこういうスケールの大きな作品にはしっかりハマると思うし、何より作業が楽しいです」

梁氏は作曲と同時に編曲も手掛けており、楽器の選び方には独自のこだわりがある。
「最初に出てくるメインの旋律は中国の笛;笛子(DIzi)。あの笛が出てくることで人はその瞬間中国に飛んでいくわけです(笑)。製作初期、あれがまだフルートだった時、全体のイメージは無国籍だった。それが笛子になった瞬間、東に飛んできて中国になる、あたりまえの話なんですけど。そしてピンになる楽器以外の『背景』は自分のカラーで仮想世界を自由に演出する。その色彩感のバランスがとても大事で、バックグラウンドは思い切り自由だけど、表扉向正面はしっかりピンの楽器がくると言うのが僕の方法。ちなみにこの時のオーケストラも北京でレコーディングしました」

梁氏はこの3年後に「十二国記」と同じ小林常夫監督、アニメーション制作ぴえろの「英國戀物語エマ」の音楽も制作している。この2作品はスタッフこそ重なってはいるが、持ち味がまったく違う。国や天空をまたぎ壮大なスケールで展開するファンタジー作品「十二国記」に対し、ヴィクトリア朝のイギリスを舞台に、メイドと特権階級の子息の身分違いの恋を描く「英國戀物語エマ」。同じ人に楽曲を制作させようというのはなかなかの冒険ではないだろうか。

*

「英國戀物語エマ」

「小林監督が任せてくれて僕はすごく嬉しかった。両作品のイメージが場面設定やスケール感など、正に両極、それでも僕に敢えて任せてくれた。『十二国記』はもう際限がない。麒麟は天にのぼる、妖魔は空飛ぶし、本当に縦横無尽。『エマ』は真逆です。室内での静止画があれ程流れ続けるアニメはないだろうし、家でエマが佇む際、当時英国で使われていたインテリアデザインを細部に至るまであれ程こだわっている作品もないでしょう。静寂と沈黙の中で視聴者の意識ポイントをそこに持っていけるほどのクオリティ。その室内での静寂感をどう演出するかを考えた時、これはバロックだなと。しかし、そのままバッハ的なアプローチと言うのも全然面白味ないし。あの時代の空気感を保ちつつ、個性的で素朴な音楽を目指しました」

オープニングテーマの「Silhouette of a Breeze」は、2作品に携わったぴえろの押切万耀氏をして「あのオープニングは今までのベスト」と言わしめた楽曲だ。このオープニングは梁氏の楽曲と映像制作側のチームプレイだったとか。

「制作に当たって確かこういうやりとりをしたと思います。『映像のおよその雰囲気はこうなります。産業革命を表す列車の映像があり、ロンドンの風景があって…』と言った。およそのイメージが掴めたのでメインになるパートを作った後、もうひとりの主人公ウィリアムが貴族の出で劇中舞踏会が行われれるので、途中6/8拍子の優雅なパートを挿入したら、制作陣がそれに合わせて舞踏会のダンスシーンを入れてくれ、それがピタッとハマった。イメージが次のイメージを呼んだと言うか。あれも形式こそ違いますが『十二国記』と同じ様に、きれいにハマった感ありました。エンディングの曲も含めて」

ところで、ここまでご紹介した3曲のタイトルを見てもおわかりだと思うが、梁氏の楽曲のタイトルは総じて美しい。「タイトルは大事!と思うタイプの人間」と自らを言う、その理由を聞いてみると。
「インストはタイトル以外に言葉はなくて、タイトルは音楽への入り口なんです。そのタイトルを見て聞いた人がそれぞれどこに行くか、およそのlandmarkとなるものがタイトルだと思います。『十二国記』の時は担当者ととにかく四文字熟語にしようと決め、仮想でもいいからイメージに合う言葉をつなげて造語もたくさん作ったけど、それも楽しかった。『夜想月雫』という曲を今でもライブで演奏するのだけど、そういう風にイメージを一つ一つつなげていって。『エマ』はシーンと音楽から連想される英國風の上品な英語を担当者と探しつつ、模索していった。『Silhouette of a Breeze』は僕がブリーズを使いたいって言いはじめて。そうしたら彼がレースのハンカチをウィリアムがエマにあげるシーンがあるからとレースから連想して「シルエットって綺麗ですよね」と言った風に出来上がった覚えがあります。いいタイトルがつくと作品の説得力が増え、聞く人との距離が縮まる。これは造り手にとってとても大事なことだと思います、愛情もわきますしね」

小林常夫監督を含め、多くのスタッフとの出会いを「幸運だった。素晴らしい出会いだった」と語る梁氏。「このふたつの作品は忘れられない、今も続いている僕のアニメーション音楽製作の基盤になっている」そうだ。

新たな出会いと、新たな化学反応に常に開かれている梁邦彦の音楽。7月6日(土)に行われる「梁邦彦 Precious Night with Friends」でも、フラメンコギタリストの沖仁、ヴァイオリ二ストの土屋玲子とともに新たな世界を見せてくれるに違いない。
「編成が小さいし、アコースティックなので、繊細でアットホームなライブにしたいと思っています。この間、韓国のロッテホールで沖仁くんと共演したんですけど、僕の曲を彼が弾くとぜんぜん別なものになるんです。そこが一番新鮮で今回のポイントじゃないかと思うんです。インストであるがゆえに楽器と奏者によって音楽が大きく変わる、それが僕にとってホントに刺激的なんですよね」

*

「十二国記」

*

「英國戀物語エマ」

Written by:濱野奈美子


LIVE INFORMATION

梁邦彦 Precious Night(プレナイ) with Friends
日程: 2019年7月6日(土) / open 17:30 start 18:30
会場:eplus リビングルームカフェ&ダイニング (東京)
出演:梁邦彦、沖仁(フラメンコギター)、土屋玲子(ヴァイオリン)
料金:全席指定 ¥6,000 (税込、飲食代1フード1ドリンク別途)

チケット購入はこちら

予約/問合せ:eplus LIVING ROOM CAFE&DINING TEL 03-6452-5650(平日11:00~18:00)