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CULTURE / MOVIE
女優・小橋めぐみが観た
「あなたを、想う。」

人は時に、相手を責める。なぜ、正しい選択をしなかったのだと。個人もまた、自分自身を責める。なぜあの時、正しい選択ができなかったのだと。けれど正しいかどうかは、後になってようやく分かることだったりする。薄々、間違っているかもしれない未来が見えたとしても、人は今の気持ちに集中する。
 兄弟の母親を演じたリー・シンジエは、演じる上で、息子を残し娘だけを連れて家を出た母親の選択を疑問に思い、監督に質問した時、こう返されたという。
「人は決断をするとき、全面的な思考をするのは難しい。目の前の困難を乗り切ることや自分ができることしかできない」と。
 この言葉は「あなたを、想う」という映画の根底を、静かに流れているようだ。
 映画の原題は「念念」。どういう意味か検索をしてみたら、中国語で「時々刻々、その時その時」とあった。監督はこのタイトルに「ずっとこだわっていて忘れられないことへの想い」を込めたのだそう。言葉の意味と、タイトルに込めた想い。この映画は、過去と現在を行ったり来たりしながら、その時その時、一人一人の、一つ一つの想いが、あちこちに飛び散っているようだ。一つ一つの想いが数珠つなぎになっていれば、人はもっと楽に生きられるのかもしれない。目の前のことを受け入れられるのかもしれない。

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けれども一つ、想いが取り残されてしまうと、そこからの想いはバラバラになりがちだ。
 この映画に出てくる兄弟や恋人は、あちこちに飛び散る想いを抱えながら、日々を健気に生きている。そんな彼らを演じた俳優たちの瑞々しい演技には、何度も心が洗われ、胸が詰まった。どうしてこんな芝居が生まれるのだろう、と秘密を知りたくなった。
 ユーメイを演じたイザベラ・リョンは、出産後、今作が初の映画出演となった。ブランクは6年。自身が母になったこともあり、見える景色が変わった。リョンが抱えていた実の母への想いは、ユーメイを演じていく中で変わっていった。キャラクターに入り込みすぎて苦しんでいると、監督は演技の指示ではなく、深呼吸することを教えてくれたという。ヒロインの相手役を演じたチャン・シャオチュアンは、念願のボクサー役ということもあり(19歳からボクシングをやっていた)、より一層、気合が入っていた。大事なシーンのために自分自身を追い込み、モード全開でそのシーンに臨んだ。演技が始まり、いよいよ感情を爆発させようとした瞬間、監督はカットをかけた。こんな瞬間にカットをかける監督に彼は戸惑いと怒りを感じたが、のちに気づく。あの瞬間、自分は役ではなく、自分自身になっていただけだったのだ、と。

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監督は、入り込みすぎた俳優によく気づく。難しいのは、入らないとできない芝居があり、けれども入り込みすぎると、後でつなげてみた時、そこだけ浮いてしまうこともあるのだ。もともと俳優でもある監督は、演じる俳優が今どんな状態にあるのか、常に見つめ、そっと寄り添う。それはそのまま、この映画に出てくる3人を見つめる視線とも重なり合う。その視線はやがて、観ている私の想いとも重なり合う。バラバラになった一人一人の想いの粒たちの行方を、祈るように見守った。
 忘れられない想いに更に想いを重ねて、人は生きている。
「あなたを、想う」を観た後なら、重ねる思いは、きっと変わる。
 そう、信じている。

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Written by : 小橋めぐみ


「あなたを、想う。」
監督・脚本:シルヴィア・チャン
脚本:蔭山征彦 撮影:リョン・ミンカイ
出演:イザベラ・リョン/チャン・シャオチュアン/クー・ユールン/リー・シンジエ
©Dream Creek Production Co. Ltd./ Red On Red

12月21日(土)より東京 アップリンク吉祥寺、2020年1月24日(金)より京都 出町座、1月25日(土)より大阪 シネ・ヌーヴォにて公開 以降順次全国公開


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