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photo:星川洋助

A PEOPLE CINEMA

ロアン・フォンイー
来日インタビュー

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溝樽欣二


私はこの映画が鏡のような作品で
あってほしいと思っています

あらゆる映画は最初のシーンで決まると思う。その意味において「アメリカから来た少女」はパーフェクトだ。母親と姉妹の家族三人が飛行機から降り、父親と会う。簡潔で美しいシーン。この最初の数分のカットで、この家族の在り様がわかる。例えば妹が姉に「命令しないで」と言うセリフには、姉妹の関係が凝縮されている。簡単なようでなかなか書けないリアルなセリフであり、ロアン・フォンイー監督の映画は、映像の中に確かに人が生きている、と感じさせるものだった。インタビューはそのファーストシーンについてから始まった。

――最初のシーンはいつ撮ったんですか? それと、あのシーンはどういう思いで演出されたんでしょうか?

最初のシーンをどのようにしようかというのは一番私が長く悩んだことです。アメリカのシーンからスタートするとか、もうすでに父親と会っているところからスタートするかと考えたんですが、すごく悩んだ末に、3人が帰ってきてその後、父親に会うシーンにしました。撮影の時期はクランクインから5日から6日目ぐらい。コロナの時期だったので、空港での撮影がとても大変で許可されたのが2時間だけでした。その間で機材を税関に通過させてまた戻してみたいな手続きもあって凄く大変でした。そのシーンをすごく良かったと言ってくださってとても嬉しく思います。私があのシーンで描きたかったのは、あの家族がどういう在り方をしてるかということ、言語がミックスしているということ、それから、この家族が旅行ではなくて帰ってきたんということです。

――なるほど。会話はあるけど、家族の目線だけで交わされるものがすごく伝わってきました。車で迎えに来た父親が指笛を吹くとみんなが気が付くんですよね。で、その次のカットではヒロインが同じことやってもできないというショットも入って、それでそれを母親が横目で見てちょっと笑っている。見事だなと思いました。人の感情や心理を追って映像に“載せている”。それはなかなか表現できないことですよね。だからこの最初の映像を見て間違いなく傑作だと確信しました。こうした端正な創りで全体が統一され、デザインされている感じなんですが、この映画の映像や物語で何を一番重視しましたか?

重視したことはいくつかあります。まず、主人公の気持ちをしっかり捉えること。この映画はさまざまな部分で写実的でリアルであると思うんですけども、一番ちゃんと描きたいと思ったのは人の気持ちの部分です。リアルな台湾は、本当はそこまで暗くなくて、そこまでグレーでもないと思うんですけど、私はカメラマンやいろんなスタッフの人と相談して、なるべく暗い気持ちを表現できるような映像の描き方をしようと思いました。それで暗いところから始まってだんだん明るくなっていく、みたいな描写を目指しました。それと、本当に一番大事なのはやっぱり人と人の関係ですね。そこをちゃんと描けるように。あと、私はこの映画が鏡のような作品であってほしいと思っています。見る人によって自分がちゃんと見たいものを見られるような鏡のような作品であってほしい。もうひとつは、いつの時代に見てもいい作品であると思ってもらえる作品しようと心掛けました。

――まさしくそういう映画になってると思います。私は最初に「アメリカから来た少女」を見たときにある映画を思い浮かべました。アスガー・ファルハディの「別離」です。

大好きです。

――もちろん真似をしているということじゃなく核心的なところで、監督が影響を受けているのかなと思いました。

「別離」が私に与えた影響はすごく大きいです。共通点があるということを見つけてくださってとても嬉しいです。その映画も奥さんが娘を連れてアメリカに行くという話ですよね。家族が喧嘩をしているシーンもあるし、そういったことも影響を受けてると思います。私が大学院で勉強してた時にファルハディ監督が10日間のマスターコースで講義をしてくださったことがあったんです。その時にいろんな分析や話をしてくれて、私の映画に対する考え方が大きく変わりました。ファルハディ監督が私に教えてくれた大切な気付きは、例えば一家の衝突や、人と人との衝突があった場合、全ての人が正しいということです。私も役者を演出する時に「みんなそれぞれが正しい、ということを忘れないようにしてください」と言いました。今回、私たちはすごく演技経験がある人と初めての演技という役者を両方をミックスさせましたが、ファルハディ監督もそうすることがあるので、そういったことでも影響を受けました。

――部屋の中の撮り方もファルハディと共通しているような気がします。カメラが外に出ませんよね。しかも部屋の中はほぼ暗い。やっぱり部屋の中の空気感がちゃんと生きているから、飽きさせないで見せることができるのかなと思うんですが、そのあたり「別離」やファルハディの影響はありますか?

影響は受けていると思います。私はなるべく観客にカメラの存在を意識させないようにしました。過度な編集もしないようにも心掛けました。そういった意味では影響を受けていると言えるかもしれないですが、カメラが部屋の中にいたのは、それよりも実際のロケ地の都合の方が大きかったです。あの場所はマンションの5階だったので、どうしてもカメラが中にいないといけなかったという事情があります。

――5階なんですね。そう見えなかっというか、台湾の光景、外の風景はほぼほぼ家から見えないんですよ。でもそれを別に見てる方は意識はしない。つまりあの家族があの部屋の中で本当に生活してて、当たり前のような光景というそんなイメージですね。

目指したのは視聴者が、あの家族の中で見えていないお客様としてこの光景を見てほしいっていうことでした。

――もうひとつ気になったのは、ほかのインタビューで、子どもの世界は自分の経験で、でも夫婦の関係はよく分からないから、その部分は共同脚本の方に広げていただいたみたいなことを話されてましたが、どういう経緯だったのですか?

共同脚本のリー・ビンさんに夫婦の関係の部分をメインに考えてもらった理由は大きく分けるとふたつあります。ひとつは彼が男性で、私よりも十歳ぐらい年が年齢が上であることです。両親たちの気持ちを書くのに年齢的に近いものがあるんじゃないかと思いました。もうひとつは脚本を分業する時に私はどちらかというとファンイーの部分をメインで書こうと思ってたのです。ファンイーがいる時の夫婦の関係は、私は実際に見ていたので自分が書けるんですが、夫婦がベッドルームで会話してるところは、実際子どもの時に見ていないので自分が書くのがそこまでうまく書けないのではと思いました。それで、その部分をリー・ビンさんにお願いしました。

――あの夫婦はそんなにうまくは行ってはいないですよね。それを観客にどこまで深くイメージとして与えたかったんですか。つまり、作り手側はこの夫婦がどうなってほしいと思っていたのでしょうか。

確かにこの夫婦の関係はリー・ビンさんとたくさん話し合いました。自分が描きたかったのは、母親は自分の命がもしかしたら終わるかもしれないと思っていて、子どもたちをちゃんと父親に託したいという気持ちがあるんです。それなのに、父親はいろんな意味で託すのに安心できる存在ではないのです。でも、父親は妻が亡くなるとは思ってないんですね。そこがなかなか噛み合わなくて2人がギクシャクするところを描いています。

――日本でも韓国でも台湾でもやっぱりエンターテイメント作品が圧倒的に多いですよね。でもこうしたアートな映画を作る意義は?作ることの難しさもあるんじゃないでしょうか。

この質問はプロデューサーが答えた方がいいと思うので、プロデューサーが答えてもいいですか。

(プロデューサー)確かに台湾でもこういう文芸作品を今制作することはそんなに簡単ではないです。でも私は今回この作品を作る時に出資者にはっきりとこの映画がどのようにして人を感動させることができるか説明しました。文芸作品の中には観客とすごく距離があったりする作品があると思うのですが、この作品はそうではなくて、ある一定の年齢の、例えば女性にちゃんと共感と感動してもらうことができる映画です、としっかり説明して作ったので、そういう難しさは超えられたと思っています。

今回まず観客がどう感じるかということをすごく重視して作りました。なので脚本の段階で、映画業界の人でない一般の私の友達とか、同じ年代や同じ性別の一般の人にどういうふうに見てもらえたか、どういう感想を持ったか、というところを聞きながら脚本を進めていきました。編集の時にもみんなの意見を聞いていろんな編集の仕方をしてみたりしたんですね。こういったことを試みるのは文芸作品と言われるものでは少ないと思います。でも最終的に私たちは観客を信じると決めてこの作品を作りました。

さて今回、彼女が来日したのは12月12日。小津安二郎の誕生日であり命日であった。「キネマ旬報」誌のインタビューで、ロアン監督は10本の映画を挙げ、そのひとつが小津安二郎の「東京物語」であった。この日のトークショーの最後に小津安二郎や「東京物語」からどう影響を受けたか尋ねられ、以下のように答えた。

「たくさん影響を受けました。「東京物語」を昔、映画祭に母親と一緒に見に行って、最初の印象はなんてスローペースな映画なんだろうでしたが、最終的には号泣してしまいました。自分でもその理由はわかりませんでした。後になってその理由を分析したのですが、「東京物語」は戦後の日本を描いていたと思うのですが、日本を再建していくということをみんなが目指していて、でも、結婚したり、家族が別れてしまったり、いろんな失敗にみんなが向き合って、もう一度頑張って前を向いていく。「アメリカから来た少女」のファンイーも台湾に戻ってきて、学校や友達とたくさんの失敗に向き合い、その中で前向きにもう一回立て直していく。そこがすごく似ていると思います。ファンイーに限らず、どの人も成功と失敗なら、失敗のほうを人生の中でたくさん経験すると思うのですが、それを再建して前を向いて歩いていくことがとても大事だと思っています」

今回の来日の大事なミッションは、小津安二郎の墓参りなのだと、とても楽しそうに語っていた。

(構成:濱野奈美子)

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「アメリカから来た少女」



アメリカから来た少女
監督・脚本:ロアン・フォンイー
製作総指揮:トム・リン
撮影:ヨルゴス・バルサミス
出演:カリーナ・ラム/カイザー・チュアン/ケイトリン・ファン/オードリー・リン
2021年/台湾/101分
原題:美國女孩|英題:American Girl
©Splash Pictures Inc., Media Asia Film Production Ltd., JVR Music International Ltd., G.H.Y. Culture & Media (Singapore).
配給:A PEOPLE CINEMA

1月6日(金)〜 アップリンク京都(京都)、伏見ミリオン座(愛知)、シネマイーラ(静岡)
1月7日(土)〜 シネ・ヌーヴォ(大阪)
1月公開予定 シアターキノ(北海道)


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