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佐藤結
神秘的な体験が詩や映画となることも、
ホン・サンスは知っている
「日記を書くように書いている。詩を書いているとその瞬間が特別なものになる。人生そのもの」
映画の中盤、まるでホン・サンスが映画について語っているような言葉が飛び出して驚いた。詩人である主人公ドンファが言うのではなく、彼の恋人ジュニの母親が夕食の途中で口にする。彼女は仕事をしながら、日常のなかから生まれる詩を書き留め続けている人物だ。一方、人生に迷うドンファにとって詩は、神秘的な体験が結実したもの。それぞれまったく別のものであると同時に、ホン・サンス映画の核心を説明しているようにも思える。
ソウル郊外にある恋人ジュニの実家まで彼女を送り届け、思いがけず父親と鉢合わせてしまったドンファ。ぎこちなく挨拶した後、家に招かれた彼は、父親から誘われるままに裏山へ登り、マッコリを酌み交わす。その後、ジュニと姉のヌンヒと共に昼ごはんを食べに出かけ、南漢江に面した神勒寺を散策。家に戻ると仕事を終えた母親が豪華な料理を用意しており、ジュニ一家との晩餐が始まる。
目の前にあること、その時々に考えていることを、さっとつかまえ、軽やかに映画にしてきたホン・サンス。20年の「イントロダクション」あたりからは、自分よりかなり若い世代に向ける視線も目立つようになった。「自然は君に何を語るのか」では、家族、あるいは親と子という関係にも目を向けている。デビュー作の「豚が井戸に落ちた日」(96)以来、既婚者の恋愛を多く取り上げてきたホン・サンスの作品では、夫婦以外の家族が登場することはほとんどなく、詩人である父親と息子たちが言葉を交わす「川沿いのホテル」(18)でも、彼らは長年疎遠という設定だった。それに対して今回は、著名な父親との間に葛藤を抱えている主人公が、母親のために家を建てるほど親孝行な男と彼の家族と共に濃密な時間を過ごす。
著名な弁護士を父に持つドンファは、「親からの独立」を人生の中心に据え、「物質的な豊かさを警戒」しているような人物。3年間付き合っているジュニとの間に結婚話が出たこともあるが、具体的にはなっていない。それどころか、彼女の両親に会うのも今回が初めてで、「リラックスしている」という言葉とは裏腹に終始、緊張している。ものごとをはっきり見せるメガネを嫌い、生きるのがつらいと語るドンファが酔い潰れた後、ジュニの父親は「自分自身の言葉にとらわれて逃げ出せない」と彼を評する。それを聞いた妻は「あなただってそうだった」と笑うが、確かにホン・サンス映画にはこれまでも、ドンファのような人物がたくさん登場してきた。この映画が他と違うのは、“まともな”家庭を築いている親世代がその姿を見て客観的に語るところにあるだろう。
35歳のドンファ自身も、詩を書きながらアルバイトだけで生きるのは難しいと自覚している。だからこそ、(少なくとも今は)目の前の現実を受け入れ、恋人との将来を決断することから逃げているのだろう。酒を飲んで女性を口説くだけでよかった(ように見えていた)過去の人物たちと比べると、なかなか厳しい人生だ。もちろん、ドンファが主張するように、私たちの人生には、生活だけではなく、思わず立ち止まって見入ってしまうような美しいものとの出会いがあり、そこで得られる神秘的な体験が詩や映画となることも、ホン・サンスは知っている。そして、あまり飲みすぎると、言わなくていいことを言い、翌朝後悔することになるということも。
「自然は君に何を語るのか」
「自然は君に何を語るのか」
監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:ハ・ソングク/クォン・ヘヒョ
2025年/108分/韓国
英題:What Does That Nature Say to You
配給:ミモザフィルムズ
3月21日(土)よりユーロスペース他にて全国順次公開