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CULTURE / MOVIE
「第19回東京フィルメックス」速攻レビュー
「草の葉」
ホン・サンスが描く、エピローグを生きるということ

「第19回東京フィルメックス」。A PEOPLE(エーピープル)では、連日、上映作品をレビュー。今回は、特別招待作品、ホン・サンス監督「草の葉」(韓国)。

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「それから」でキャリアのピークを迎えたかに思えるホン・サンス。この映画作家が次に何を撮るのか非常に興味があった。

いや、より正確に言えば、撮るのか、撮らないのか、が。その後、沈黙してもおかしくないほどの達成が「それから」にはあった。ミューズ、キム・ミニとの共闘という意味でも、行き着くところに行き着いていたからである。

だがホン・サンスはこれまでと同じようなスピードで新作を撮り上げた。さらに次作「川沿いのホテル」さえ完成させている。そのことが、おそろしい。とても、おそろしい。

一言で言い切ってしまおう。人生(それは公人としても。私人としても)がクライマックスを迎えてしまったら、ひとはどうなるか。エピローグを生きる。エピローグを生きつづけるしかない。「草の葉」という映画の無意識が示しているのは、そうしたテーゼである。

アップルのノートブックに何かを執筆中の女性。キム・ミニが演じてはいるが、もはやキム・ミニという固有性は存在せず、誰が演じても構わない、かつてのホン・サンス作品にも存在したキャラクターである。尋ねられれば「作家ではない」と答える彼女は、カフェで他者の会話を盗み聴きしながら、上から目線で本質的なことを呟く。それでもひとが生きるのはなぜか? 彼女のモノローグは大雑把にくくればすべて「生き恥」についてのものである。生きることはこんなにも恥ずかしいことなのに、ひとはどうして生きるのか。不機嫌なモノローグはけれども積み重なることでやがて透明な優しさを獲得していく。

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老いを感じさせる「不幸」な男たちが、女たちにすがるように「共同生活」を持ちかける。主人公が眺める「生き恥」そのものの光景は、はたして現実なのか、それとも「作家未満」の彼女の創作なのか。どちらでも構わないとでも言いたげな筆致はホン・サンスらしくもあるが、かつてのような辛辣さは漂わず、妄想についても逃避についても、追い込むことはせず、ただ曖昧に抱きしめている。

最終盤、ヒロインは他者かもしれないし、自身が生み出した登場人物かもしれない者たちと戯れる。その様は、まるで天国のようだった。ひとは、然るべき諦めのあと、死ぬまで継続されるエピローグを生きるしかない。だが、第三者(だが、それは誰か? 神か?)からすれば、そんなエピローグもまた死後の世界に一歩踏み込んでいるように映るものなのかもしれない。そして、どうやらそれは悲劇ではない。たぶん、それもまたしあわせ、なのである。

Written by:相田冬二


「草の葉」(韓国)
Grass
監督:ホン・サンス

第19回東京フィルメックス


A PEOPLE 第19回東京フィルメックス 速攻レビュー

<特別招待作品>
「川沿いのホテル」
「あなたの顔」
「草の葉」
「アッシュ・イズ・ピュアレスト・ホワイト(原題)」

<コンペティション>
「夜明け」
「象は静かに座っている」
「幻土(げんど)」
「幸福城市」
「轢き殺された羊」
「マンタレイ」
「シベル」
「自由行」
「ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト(仮題)」
「アイカ(原題)」


昨年の東京フィルメックスで上映
「台北暮色」11月24日よりロードショー