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サタデー・フィクション

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相田冬二


ビジュアルとしての二重性、
そう聞いて、あなたはどのような映像を思い浮かべるだろうか

大女優と日本人俳優。この組み合わせのロウ・イエ作品と言えば、「パープル・バタフライ」である。チャン・ツィイーと仲村トオル。あれから約20年を経て、このコーディネートは反復される。コン・リーとオダギリジョーによる「サタデー・フィクション」。

2019年に完成、翌年公開を予定していたがコロナで延期。本国中国では2021年にようやく公開された。日本でも延期に延期を重ね、ようやくロードショーされる。自作の公開に関しては様々な苦難を味わってきたロウ・イエだが、世界的厄災によってまたも打ちのめされた格好だ。

だからこれは最新作と言うより近作と呼ぶべきだが、ある意味、通常の時空から切り離されてしまった映画の不運は、作品の内実に相応しいという意地悪な見方もできる。逆に言えば、ロウ・イエの映画は、そもそも鮮度で勝負しておらず、予期せぬ熟成にも持ち堪える太々しさがある。

その大胆不適さは、全編流麗なモノクロームで押し切る本作の図々しさにも顕著にあらわれている。4年もの歳月による時間差など、しぶといロウ・イエはものともしない。

舞台は「パープル・バタフライ」から約10年後の1941年。太平洋戦争勃発直前の上海。ここでもスパイをめぐる物語が展開する。

しかもコン・リーの役どころはスパイ×人気女優という荒唐無稽さ。これまでも二重性というテーマを虎視眈々と作品内部に埋め込んできた監督は、これまでのどの映画よりも堂々と、全方位的に二重性を繰り広げている。

そもそも女優然としている、いい意味で時代錯誤的な稀少価値のあるコン・リーに女優を演じさせるという狡猾さは、女優×女優の果てしない万華鏡を覗く禁断の魅惑を招き寄せ、オダギリジョー扮する暗号解読のプロフェッショナルをたぶらかし、翻弄するやり口には、底なし沼のごとき堕落の快感がある。

黒白(こくびゃく)画面は、物語の時代性によるものではなく、騙し=騙される活劇にとってその方が好都合だからであり、確信犯で物事を進めていくための道具でしかない。その、潤いのある映像は、何とも憎たらしい。

考えてみれば、カメラに搭載されたオートフォーカス機能で撮影するという、ゴダール以来の発明とも言える手法で同性愛を描いた「スプリング・フィーバー」が中国本国では発禁となり、以後しばらくは映画作家として拘束状態にあったロウ・イエは、実はアンチ国家権力のレジスタンス型社会派ではなく、生粋のビジュアリストである可能性が高い。

彼には、試したいビジュアルが常にあり、その計画を実践するには、多少なりともセンセーショナルな題材がもってこいなのだ。「シャドウプレイ」など、まさにそうではないか。

(もっともらしい)社会性も、またジャンルムービーへの(かりそめの)傾倒も、完全に払拭した「サタデー・フィクション」(このタイトルの、居直りの強度!)には、言い訳なしのロウ・イエがいる。

「ブラインド・マッサージ」では、感動系の文芸ドラマだって撮れるんだぜとばかりに演出力を見せつけたロウ・イエ。ここでは、アクションにおける的確な采配=カット割を余裕で乗りこなしながら、テンポよく紡いでいく(ありきたりの)筆致には陥らない。

特筆すべきは、もはや、人物の背景や、人間の感情に二重性を求めるのではなく、ビジュアルそのものに二重性を仮託している点である。

ビジュアルとしての二重性。そう聞いて、あなたはどのような映像を思い浮かべるだろうか。

そうだ、アレである。

野放図に。能天気に。ロウ・イエは、二重性を顕在化する。

もはや彼は、無敵の人なのである。

どこまでも、いつまでも、シンプルなその瞬間を心待ちにしていてほしい。


サタデー・フィクション
監督:ロウ・イエ
脚本:マー・インリー
出演:コン・リー/マーク・チャオ/オダギリジョー
原題:蘭心大劇院 Saturday Ficiton
2019年/126分/中国

11月3日(金・祝)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋、アップリンク吉祥寺、シネマジャック&ベティほか全国順次公開

ロウ・イエ監督特集上映
10月27日(金)よりロウ・イエ監督作7作を新宿武蔵野館にて上映
「ふたりの人魚」「天安門、恋人たち」「スプリング・フィーバー」「パリ、ただよう花」「二重生活」「ブランド・マッサージ」「シャドウプレイ【完全版】」


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作家主義 ロウ・イエ
発売日:2023年10月27日(金)、アマゾンほか一部書店にて発売
定価:2,420円(本体:2,200円+税10%)
発行:A PEOPLE
販売:ライスプレス


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